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大森靖子『洗脳』

洗脳

洗脳

 

聴いていて一番最初に思うことは、やはりその不敵な態度だと思う。大森靖子自身リスペクしてやまない椎名林檎の2nd『勝訴ストリップ』がすぐに頭に浮かんだ。

勝訴ストリップ

勝訴ストリップ

 

そもそも『勝訴ストリップ』が爆発的にヒットしたのは1st『無罪モラトリアム』の評判もさることながら、それ以前にリリースされた『本能』『罪と罰』『ギブス』のシングル3作がその導火線となっていた。また、それらがアルバムで新たに手を加えられていたこと、そして1枚のアルバムでありながら一つの楽曲として機能するように練られたアレンジされていたこと、それらの要因が結びつくことでリスナーを魅了し、ダブルミリオンにつながった。

それらと比較すると、残念ながら大森靖子は当時の椎名林檎ほど恵まれた状況にあるとは言えない。MVこそ5曲分制作しているものの、実際にリリースしたシングルは『きゅるきゅる』のみ。悪い曲ではなかった(むしろすごく良かった)が、世間一般を巻き込むほどの話題性を獲得するタイプの曲ではなかった。 

きゅるきゅる (CD+DVD)

きゅるきゅる (CD+DVD)

 

その違いを最も端的に表しているのはアルバム冒頭の「絶対絶望絶好調」のこのフレーズだと思う。

絶対絶望絶好調 ごめんね素直にしか言えなくて
さよなら あんなに好きだったけど
きれい きもい きらい

この拒絶感こそが大森靖子の本質であり、僕らが生半可に共有することができない断絶なのだと思う。そもそも女の子がわけのわからない生き物だったことは今に始まったことではない。それこそ前述の椎名林檎浜崎あゆみCocco鬼束ちひろ宇多田ヒカルaikoYUKI、それからpizzicato five中島みゆきなど上の世代も含めて、基本的に女は男にとってわけがわからない、不可解で理不尽極まりない存在だ。

ある意味、その頂点に君臨していたのが椎名林檎わけなのだが、そんな彼女でさえこう歌っている。

行かないでね
何処にだってあたしと一緒じゃなきゃ厭よ
あなたしか見て無いのよ
今すぐに此処でキスして

(ここでキスして。)

i 罠 B wiθ U 此処に居て
ずっとずっとずっと
明日のことは判らない
だからぎゅっとしていてね

(ギブス)

そう、つまりラブソングを歌ったか否かこそが、今の大森靖子とあの頃の椎名林檎と分け隔てる最も大きな違いだと思う。

 

大森靖子はインタビューでこう話している。

『ここのところだけは譲れない』っていうものを持ってる人が、そこのところだけは自由にできるような環境にならないと嫌だなってのがあって(中略)私が暴れることで、それを見て『あ、やっていいんだ』って思う人が出てくればいいなって。

(MUSICA 1月号 Vol.93)

「それだけではない」と前置きした上で、彼女は基本的に「戦う人」のために戦っていると思う。彼女が戦うことで、少しでも誰かが自由になれることを主眼に音楽をやっているのだろう。少しでも自由になることは、ロックにおける最も大きな恩恵の一つだ。「恋と愛」「自由と不自由」「死と生」「天国と地獄」などありとあらゆる断絶を飛び越えることがロックの最も大きな売りだ。

しかし言葉を紡ぐことでその断絶を超えるストーリーを提供する作家が旧来のアーティストだとすれば、大森靖子は明らかに自らの言葉で目の前のリアルなお客さん、リスナーをダイレクトに変えようとしているのだと思う。楽しいひと時を提供することで現実を忘れさせるのではなく、僕たちの現実を直接的に変えようとしている。

ぼくがあつめてきたフィギュア ぼくがブサイクな卒アル(イミテーションガール)

食べかけの愛にラップをかけて
あなたはいつまでとっておく気よ
腐っちゃうのを試してるんでしょ
かわいい人ね(きゅるきゅる)

そんな歌くらいでお天気くらいで
優しくなったり悲しくなったりしないでよ(ノスタルジックJ-pop)

30分だけスターになりたい スイカのチャージは1000円だけでいいから
君のかなしみを全部 ぽーいしてあげる力が欲しいよ(ロックンロールパラダイス)

家家コンビニ家コンビニ家 いつのまにやらゴールド免許(私は面白い絶対面白いたぶん)

 生きてるって実感できちゃうような エロいことをしよう(デートはやめよう)

 一撃必殺できるようなキラーフレーズをマシンガンのように浴びせる彼女の姿は一介のJ-POPシンガーからは程遠い。ポップミュージックを利用して、自らの理想を実現すべく闘争する革命家、それこそが大森靖子なのである。彼女の洗脳はまだまだ最初の一手に過ぎない。