芦奈野ひとし『カブのイサキ』
このマンガは一言で言うなら、飛行機を飛ばす人の話。主人公であるイサキが、近くに住むシロさんという女性に頼まれて飛行機を飛ばし、いろいろな場所へ物資を運んだり、誰かと出会ったりする。
ただし、その舞台となる世界が少しややこしい。伊豆、富士山、東京タワーといった現実の世界に存在する場所の名前が登場するのだが、それが現実とは少し違っていたりする。東京タワーが東京塔という名称で大きさが3333mあったりする。
また、飛行機の名前がカブだったりする。僕らの世界でカブという乗り物の名前を聞けば、大抵は原付きバイクを想像すると思うのだが、この世界では飛行機のことを指す。
と、少々ややこしいが、これだけ押さえれば大丈夫。
ゆったりとした時間が流れている。飛行機で豆腐を買いに行ったり、生活物資を届けたり、アクロバットな飛行をしたり。部品街に行ったり。ほうじ茶を飲んだり。本当にそれだけ。きれいなお姉さんみたいな女性がいて、そしてその妹になつかれている。別の街では自分と同じように飛行機の操縦に携わる女の子と出会ったりする。その誰かと恋に落ちたりするわけではないのだけど、和やかに日常がすぎる。まるで夢のように。ずっとこのマンガに浸っていたくなる。最終巻である6巻まで読むと、意外な事実がわかったりするのだけど、それは別の話。
何もないけど、何かがある。劇的ではないかもしれないけど、日常だっておもしろい。退屈さえ豊か。失った何かを取り戻すことができるかもしれない。そう思わせてくれるマンガだと思う。一年に一度は読み返したくなる。
余談だけど、同じ飛行機物ということで、今猛烈に押井守の『スカイ・クロラ』が観たい。
宮﨑駿の『風立ちぬ』もそうだったし、もしかしたら『天空の城ラピュタ』もそうだったのかもしれないが、飛行機という題材は心の有様を映し出す題材だと思う。「空を飛ぶ」という行為自体にはワクワクする。しかし一度飛んでしまえば、あとはその流れに身を任せるしか無い。もちろんそこに感情はあるのだが、空の青さがそれをフラットに変えてしまう。楽しいけどそれだけじゃない。悲しいけどどこか冷めている。飛行機に乗っていると人はどこか冷静でいなければならなくなる。そのようなトーンが物語に貫ぬいている。ような気がする。
さらに話は変わるが、押井守はこの映画を作った後3年間干されたらしい。すごくいい映画なのに。